それはどの世界、どの時代、どの次元にあるのかも定かではない。
ただそこに在る者達だけがそれを知っている、そんな場所。
天空高くに浮かぶ巨大な船の如き、箱庭を象る実験施設。
異世界・チキュウを遙かに凌ぐ技術を誇るそこで日々行われている研究があった。
それは【概念】の実体化という実験。
形のない概念に実体を与える事で、それを制御しようと言う研究であり。
既に研究はかなりの度合いまで進歩する事が出来ていた。
そして、6段階に分けられた研究が5段階目に差し掛かったその時。
その少女は……少女の姿をした概念の固まりは、誕生した。
「概念抽出完了・続いて注入及び固定化開始」
「培養槽内の擬体、内外共に異常なし」
「概念注入余波観測されず、安定しています」
「3・2・1……概念注入完了」
「擬体活性化、双方共に確認……固定化成功」
白衣を纏った研究者達が中に浮かぶモニターを前に忙しなく動く。
モニターには精悍な顔つきに引き締まった体躯の青年の姿。
そして年端もいかぬ幼い少女の姿が映し出されていた。
青年と少女は一糸まとわぬ姿でカプセルの様な物に横たわっており、
カプセルの内部は半透明な黄緑色の液体で満たされている。
更にカプセルの内部から無数のコードが伸び、二人に接続されていた。
「よし……後は経過の観察を持って計画も最終レベルに移行だな」
「しかし、ここからが面倒ですよ……『プラス』の方は兎も角」
「確かにな……だが上の命令だ、精々頑張るとしようや」
白衣の研究者達が次々と退室する中、残った数名の研究者が話している。
「しかしどちらのデザインも何と言いますか……上の好みですか?」
「ん?それは最初のブリーフィング時に説明していたと思うが……。
ああ、お前は途中加入だったか……資料が回って来てなかったか?」
どうやら話題は青年と少女の事らしい。
「まあいい、説明してやる……性別と外見は陰陽説を用いてある。
プラスの側には陽たる男性、それも成熟した状態の姿を。
逆にアレには陰である女性体を与えたらしい。やはり概念暴走が恐ろしいんだろう。
何せプラスとマイナスなんて言うとんでもない幅の概念だからな」
「しかし主任……成長しきっていると言うのはある意味マイナスではありませんか?
逆に成長する幼い姿が基本であればプラスでは……」
「それは抜かりない、どちらもこれ以上成長する事はないからな。成長固定型だ。
故にプラスは最高の状態の肉体を維持し続け、アレは未成熟なまま永久を過ごすのさ」
「能力的な成長や機能的な成長もですか?」
「能力的な物については問題ないさ、プラスもマイナスも巨大化していく物だろう?
機能的には……プラスにしかそもそも機能は与えられていないからな」
主任と呼ばれた男性が報告書を纏めつつ質問に答えていく。
質問をしているのはプロジェクトに途中で加入した女性研究者だった。
女性研究者は主任の言葉にふと首を傾げる。
「機能が……?身体的にも能力的にも永続的に外見相応と言う事ですか?
となると計画の最終段階である子を為す事も……」
「いいや、そのままさ。それには子を為すどころか内臓自体存在しない。
幼子の外見に負の概念を詰め込んだだけの存在だよ。何せ、それはマイナスだ。
何かを与えるだけでプラスになってしまう。固定化した擬体以外何もないのさ」
「成程……だから名前さえ付いていないのですね」
「いや、名前は確か……あれは何処の次元だったか、精霊共の世界の言語だったと思うが。
存在しない、って意味の言葉があってな、それを付けるらしいが」
「言霊理論ですか、しかしそれでも名前を与えるというのは……」
「存在固定はかなりのプラスだろうが、下手に愛称でも付けられるよりマシだとさ。
後は一切存在を認めない事で辻褄は合わせるらしいが」
「……穴だらけの気がしてきました。しかしそれでもやはり最終段階は……」
「いや、そっちは両方の概念核を取り出して分解・結合したものを擬体に定着させるからな、
実質的に両方を内包する『世界』の核になるのさ。だから問題はない」
それより休憩にしよう、という声と共に主任と研究者も退室し。
後には照明の落とされた部屋の中、培養槽に漂うプラスと呼ばれた青年と。
紫色の髪を持つ少女が残されていた。