始めに見守る事を決めた男性は、田舎の地方で生まれたハーグという名の男性。
出身は全国にその血を引く者が居るという巨大な家の内、比較的勢力の小さな分家である。
彼は地方の小国に仕える下級兵士であったが、出世の機会に恵まれなかった。
元々が故郷に錦を飾る為に城に仕えた身であり、鬱憤が長年かけて溜まっていたのである。
「ああ、どうして誰も俺の事を認めないんだ!長年仕えて未だに一兵卒なんて、誰も俺を分かっていない!」
兵舎から程近い酒場にて、安酒を浴び喚く事も最早週末の風物詩となっていた。
始めは相槌を打ったり相談に乗っていた酒場のマスターも、今では苦笑しているのみである。
そして彼と共に酒場を訪れた同僚達にも、笑い話の種にしか受け取られない。
「なあ、彼はいつもああ言ってるんだが……実際どうなのかね?」
ある時マスターが彼の同僚に尋ねた事がある。
その問いを受けた同僚はしばし悩んで、こう答えた。
「あいつはなぁ……確かに腕は立つよ。頭もそれなりに切れる。向上心もあるんだ……でもなぁ。
こう……後一歩でうっかりとちると言うか、突き抜けられないと言うか」
例えるなら60点で合格の試験にて58点をとり続けるような。
或いは10個の仕掛けを解けば攻略出来る場所の、9つ目でつまってしまうような。
それも実力はあるにも関わらず、うっかりとした些細なミスでそうなるのだという。
「そんな訳で、仲間としてなら兎も角上司としてはなぁ……」
良い奴なんだけどな、とその同僚は苦笑するばかり。
「畜生、俺だって、俺だってなぁ……いつか、有名に……一発当てて……」
酔いつぶれた彼を同僚達が励ましの言葉をかけつつ連れて行く。
どうやら部隊内での人望はそれなりにあるらしかった。
それから半年、また彼がいつもの様に騒ぎ出し、仲間達がそれを苦笑混じりに冷やかしている。
これからも続くのだろうと思っていた光景に、その日は変化が生まれた。
「ああ、そうだ、誰も分かってくれないんなら。分からせてやればいいんだ!
そうだ、そうだよ。何でこんな簡単な事に気付かなかったんだ!ははは、俺は馬鹿かっ!!」
「お……おいおいハーグ、もう呑みすぎだって。落ち着けよ」
ゲラゲラと大声を上げて笑い出した彼を流石に心配した同僚達が宥めるのだが。
「いーや、俺は止める!そうだ、兵士なんかこっちから願い下げだ!俺は止める!止めても無駄だ!
自由になって、俺の名前を大きく轟かせてやるんだっ!お前等、見てろよっ!!」
そう言い残すと、寄った勢いも手伝ってか鎧兜の全てを残し、辞表共々同僚に預け。
同僚達の制止する声の中、勘定を支払うと彼は酒場を飛び出したのであった。
……そして翌日、酔いが覚めて自分のやった事を思い出し酷く懊悩するのだが。
「あー……畜生、俺はなんて事を……今更おめおめ戻る訳にもいかないし、辞表も出しちまった。
くそぅ、もう冒険者にでもなるしかねえじゃねえか!こうなったら冒険者で身を立ててやらぁ!
……そんで、ある程度武勲が立て切れたらまた戻ってみよう……」
こうして、私が見守る事にした彼は冒険者として新たな人生を踏み出したのだった。
そして今では彼も30歳となり、熟練の戦士として今日も愛用の槌を振るっている。
初めての冒険を共にした仲間もその殆どが冒険の中で散っていったのだが……。
「さて、今日はどんな依頼が待ってんのかな……とと、アンタらが今回のお仲間さんかい?
俺はハーグってんだ。田舎もんだが、まあこれからしばらくはよろしくな?」
明日も分からぬ冒険者稼業ではあるものの、彼は運もあってか無事に生き延びていた。
幾人かは顔なじみにもなったかと思う。冒険者としてそれなりに名前は売れているのだろう。
そんな彼にこの先待ち受ける運命とは、果たしてどの様なものなのか……?
――――余談だが。
彼の同僚達は辞表を提出などしておらず。上司もまたそれを受け取る気は無かった。
目をかけていたと言うのもあるのだが、その大きな理由とは……。
「なあ、あいついつ戻ってくると思う?」「半年に3000G」「俺は1年に5000G」「俺は1週間に500G」
「俺は3ヶ月に2000G……隊長はどう思います?」「そうだな、3年に10000Gだ」
とまあ、賭けの対象として今も彼らを楽しませていたりするからなのであった。
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