「やれやれ、あの馬鹿が……」
ハーグと呼ばれる男が、小さな墓に花を手向ける。そこに眠るのは一人の男。
元山賊であった冒険者、バージは鉱脈探索の依頼にて虎男と相打ちになった。
息も絶え絶えに戻ってきた彼は、血の気の失せた顔でそれでも笑った。
「ハーグの、兄貴……俺はさ、あんな奴等に……殺されちゃならねえんだ……。
だってよ、その役目は、さ、俺が……殺してきた、誰かの……敵じゃないと……」
不公平じゃないか、と彼は笑い。腰に差した山刀を顎で示す。
「だから、さ……せめて、そいつで……死なせてくれ……そいつなら、さ、俺も同じ所に……」
バージがせめてもの償いとでも思っていたのか、孤児院などに寄付をしていた事を知っている。
夜ごと、魘され詫びていた事を知っている。
故に、男は躊躇わなかった。一つ頷き、家族に刃を突き立てる。
「っへ、へ……悪ぃな、兄貴……皆には、冒険に飽きたとでも、さ……」
笑顔で逝った彼に頷き、郊外の墓地にそっと埋葬した。
それでも勘の良い家族の事だ、花が絶えずそこにあると言う事は、そうなのだろう。
そして息も絶え絶えに戻ってきたのは彼だけではなかった。
「おお、旦那。参ったね……大トカゲはあんな怪物だったのか……」
傑作と呼んでいた、とても出来の良いショートスピアを鍛え上げた彼、クベリック。
鍛冶の腕も上がり、武器の質もあって熟練の称号も得ていたのだ、が。
「腕一本持って行かれるとは、なぁ……はっはっは」
言葉通り、右腕の肘から先を超巨大トカゲに喰われていた。
聞く所によれば恐らく五体満足で逃げたのは一人だけだろうという話だが……。
「まあ命があるだけ儲け物、それに片腕でもまだ何とかなるさ」
弟子も育ってきているしね、と明るく述べる彼の瞳に、影は感じられなかった。
そしてもう一人……。
「うーん、トカゲ、トカゲが~……あうぅぅ……」
超巨大トカゲの一撃を受け、壁に叩き付けられ敗北したという彼女、シャルロッテ。
愛用のモーニングスターを落としてしまった結果、慌てふためいてしまったらしい。
「……まあそれで大怪我だけってのも、まだ運が良かったんだろうが……」
「旦那様、それって運が悪かったら~……」
「ああ、死んでたよ」
「あうぅぅ、そんなさらっと人生の重要な事を~!!」
そう言って泣き喚く彼女を見て、これだけ元気ならまあ良かろうと溜息をついた男であった。
そして抜ける者がいれば新たに加わる者もおり。
「や」
軽い挨拶を交わしたのは若き漁師、トーラ。
何でも海に魔物が出始め、未熟な船乗りや漁師では太刀打ち出来ぬと言う事らしく……。
「つまりは、実戦訓練みたいなもんか?」
「訓練だな」
そう言う事らしい。だが……。
「船でレイピアは使わないだろう?」
「小魚狙う時は、便利だよ?」
のほほんとした雰囲気でそう述べる彼に、男は小さな溜息をついた。
「やあ、ハーグ。客と手紙が届いていたよ」
トーラの元から立ち去ろうとした彼に、手紙を持ってきたのは職人の女性、アーシャ。
剣に槍、槌に斧ときて弓、杖、新たな剣と武器に恵まれ続ける女性であった。
彼女自身不思議がっていたが、今はとても出来の良いバスタードソードを振るっている。
「手紙には随分面白い事が書いてあったよ、本家からだ」
「またか……というか、勝手に読むんじゃない」
「ははは、まあまあ」
そう笑いながら立ち去った彼女の背を見送ると、手紙に目を通す。
『鉱夫の少年が一人、そちらに向かう事になった。名をアルバートという。
何でも依頼斡旋者に悪が居るらしい。良く分からないが冒険者はそちらの管轄だろう?
と言う事で、任せた。それからもう一人、彼女にも向かって貰う。メルだ』
「という訳で……やあ、お久しぶりだね。叔父上」
現れたのは細身の剣を携えた、怜悧な容貌の女性。
名をメルと言い、分家の中でも最高に大きな家出身の女性剣士である。
その剣の腕は齢26にして上級兵士……いわば騎士の位を賜る程であった。
しかしその位を返上し、冒険者として故郷のこの町に戻ってきたのである。
「よぉ、メル。また強くなったな?」
「叔父上こそ。相変わらず壮健そうで何よりです」
「まあお前位の腕なら……保障は出来ないが安心だろう」
「光栄なお言葉。では世話になります」
頭を下げると、家族が集まっている居間の方へ向かっていく。
まだまだ家族が増えそうな気配に、彼は小さく呟いた。
「……そろそろ、増築しなきゃなんねえかな……」